ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2013
第3回 interview アンサンブル・アンテルコンタンポラン取材・文/片桐卓也
これは“事件”であるアンサンブル・アンテルコンタンポラン
(C)A.Warme-Janville
20世紀をリードしてきたフランスの作曲家であり指揮者、
ピエール・ブーレーズ(1925年〜)が1976年に創設したのが
アンサンブル・アンテルコンタンポラン。弦、管、ピアノ、打楽器など、さまざまな楽器の奏者31人から構成される室内アンサンブルで、どんな編成の作品にも対応できるようなフレキシビリティを持つ。そして、ひとりひとりが優れた演奏家である。たとえば現在ソリストとして世界的に活躍するピアノの
ピエール=ロラン・エマールもこのアンサンブルのメンバーだった。
パリを拠点に活躍しているが、1995年には日本での“ブーレーズ・フェスティバル”のために来日し、その凄腕を披露してくれた。いまだに記憶に残る演奏会だった。今年のラ・フォル・ジュルネ(以下、LFJ)での演奏会も、聴き逃せない。3人のメンバーに、パリで話を聞いた。
■永野英樹(ピアノ)――日本ではいまだに“現代音楽”というと抵抗感を持つ人が多いようなのですが、現代音楽の楽しみ方、アプローチの仕方として、どのようにしたらよいのでしょう?
「まず、現代音楽、とひと括りにしてしまうから、逆に分かりにくくなるのではないでしょうか? ひとりひとりの作曲家には、それぞれ育ってきた背景、学んできた音楽や影響を受けた作曲家がいるはず。たとえばブーレーズにしても、初期には新ウィーン楽派、とくに
ウェーベルンの影響を大きく受けていて、その後
メシアンの音楽を研究し、さらにはIRCAM(フランス国立音響音楽研究所)を設立して、エレクトロニクスを用いた作品を書くようになりました。
そんな音楽的な背景を理解すると、その作曲家の作品がいっそう分かりやすくなると思いますし、今回のLFJでのプログラムは、そうした流れが理解できるような構成になっていると思います。たとえば
ドビュッシーからスタートしてブーレーズ、
ミュライユと続く公演
[243/325] などは、その流れがよく理解できるプログラムだと思いますよ」
――ブーレーズの作品では、今回のLFJで「シュル・アンシーズ」 [122/342] や「デリーヴ1」 [243/325] などを聴くことができますね。
「どちらも興味深い作品で、〈シュル・アンシーズ〉は3台のピアノと3台のハープ、そして3人の打楽器奏者による演奏です。その響きの世界には、これまでブーレーズが追求してきた音楽の重要なエッセンスがたくさん入っています」
――トリスタン・ミュライユ(1947年〜)の作品は大作と伺っていますが、どんなものなのでしょう?
「まずミュライユは“スペクトル派”と呼ばれる作曲技法のグループの有力な作曲家です。スペクトル派というのは、音そのものを分析して、その音のさまざまな要素を取り出し、それを使って作曲するという手法をとっています。ミュライユ自身はスペクトル派と呼ばれるのを嫌っているようですが。
リズム、メロディ、調、和声といったこれまでの音楽の要素を超えた音響世界がスペクトル派の特徴ですが、ミュライユの〈セレンディブ〉 [243/325] は、彼がIRCAMで得た経験を活かして書いたもので、22人もの奏者が参加する驚くべき作品です。演奏会で聴くチャンスはなかなかないと思いますし、ぜひ聴いてほしいと思います」
■ソフィー・シェリエ(フルート)ソフィー・シェリエ
――ソフィーさんは長くこのアンサンブル・アンテルコンタンポランに参加されていると伺いましたが、このアンサンブルの魅力はどこにあるのでしょう?
「まず現代音楽をたくさん演奏できることですね、当然だけど(笑)。さらには、アンサンブルに参加しているひとりひとりが、みんな素晴らしい演奏家で、お互いに刺激し合えるという点でしょう」
――現代音楽の中でも、すでに定評ある作品もあれば、いま書かれたばかりの作品もあるわけですが。
「そこがもっとも面白い点だと思います。というのも、たとえば古典派の作曲家の作品はたしかに素晴らしいけれど、その作曲家自身とコミュニケーションをして、作品を作り上げることは不可能なわけです。残された楽譜からしか、情報を得ることができない。
でも、現在生きている作曲家の作品、とくにその初演を担当する時は、その作曲家とコミュニケーションをとり、自分の意見を言うこともできるのです。どうしても納得できない演奏法というのもあったりして、それを伝えて、自分の意見を言うこともできる。そうやって作品を作り上げていく過程に参加できるのが、現代音楽を演奏していく醍醐味なのではないでしょうか」
――今回のLFJでは、とても多彩なプログラムが用意されていますが、その中には近代フランスの名作、ドビュッシーやラヴェルの作品も含まれていますね。
「これは私たちからのメッセージで、現代音楽のルーツは20世紀の初頭に活躍したフランスの作曲家にもあるのです。フランス音楽の魅力のひとつは、さまざまなアンサンブルの形を試したという点にあると思うのですが、それがドビュッシーとラヴェルの作品ではっきり分かっていただけるでしょう。そしてフルートに関して言えば、やはりフランス近代の作曲家たちはこの楽器に大きな貢献をしています。それが今回のLFJのプログラムの中で感じていただけると思いますよ」
■サミュエル・ファーヴル(パーカッション)サミュエル・ファーヴル
――ファーヴルさんのお父さんは国立リヨン管弦楽団のチェロ奏者なんですね。
「そうです。リヨン管は今年、ナントのLFJに参加したので、父もナントで演奏していましたよ。僕たちのアンサンブルはナントには参加しなかったので、会えませんでしたけどね」
――ファーヴルさんはアンサンブル・アンテルコンタンポランの中では比較的若い世代だと思いますが、このアンサンブルの特徴はどんなところにあると考えていますか?
「すべてが平等で、演奏家はひとりひとりが自立している、という点でしょうか。それにオーディションが非常に難しく、なかなかメンバーになるのが大変でもありますね」
――そのオーディションというのは?
「アンサンブル・アンテルコンタンポランでは、欠員が出るとオーディションを行なってメンバーを決めるのですが、それが第1次に始まり、セミ・ファイナル、ファイナルと、まるでコンクールみたいに続くのです。そしてさまざまな作品を演奏しなければならない。ファイナルまで進んでも、そこで落ちてしまうことも多いですし」
――メンバーは31人しかいないわけですし、そうですよね。ところで、東京のLFJでも教育的なプログラムのコンサートを行なってくださるようなのですが、普段のアンサンブル・アンテルコンタンポランでは、アウトリーチや教育的プログラムは行なわれているのですか?
「もちろん、つねに行なっていますよ。学校に出向いたりすることもあるし、プログラムは自分たちで考えて、作っています。楽器演奏だけでなく、ダンスをすることもありますし」
――ダンス?
「そう。ボディ・パーカッションを加えたダンスなどを考えるのです。音を聴かせるだけでなく、自分で演奏するというのも大事な部分で、子供たちに実際にいろいろなことをやってもらうんです。みんなとっても一所懸命参加してくれるので、楽しいですよ」
――今回の東京のLFJで演奏する作品の中で、とくに注目すべきなのは?
「やはりミュライユの〈セレンディブ〉とブーレーズの〈シュル・アンシーズ〉でしょうね。とくに〈セレンディブ〉は演奏家の数も多いし、非常に聴きごたえのある作品なので、アンサンブル・アンテルコンタンポランならではの演奏を聴いていただくことができると思います」