――真綾さんと祥子さんの交流が始まったときのことから教えてもらえますか。
鈴木祥子(以下、鈴木) 「以前、プロデューサーから、“坂本真綾って知ってる? 曲を書いてみない?”って電話がかかってきたんですよ。私はその頃、京都に引っ越したばかりだったんですけど。そのときに言われたのが“ダークで美しい曲を書いてほしい”っていうことで」
――そのときに書かれた曲が「NO FEAR/あいすること」なんですか?
鈴木 「あ、そうです」
坂本真綾(以下、坂本) 「『夕凪LOOP』(2005年リリースの5thアルバム)のときですね。それまでは1人の方(菅野よう子)と組んでやってたんですけど、それをまったく変えて、いろんな作家さんの楽曲を歌うことになって。<NO FEAR>のデモ・テープを聴かせていただいたとき、一瞬で好きになってしまったんですよね。で、すぐに“この曲を歌いたいです”ってお願いして」
鈴木 「キー設定のために会ったのが最初ですよね。2005年の8月だったかな」
坂本 「祥子さんはそのとき、すごく可愛らしい帽子をかぶってて、少女みたいだったんです。フワッとしてるというか、天然というか(笑)。もっとパキパキされてる方なのかなって思ってたから、意外でしたね」
鈴木 「私はまったく逆ですね。初めて真綾さんの声を聴いたのはNHKの<みんなのうた>で放送されていた<うちゅうひこうしのうた>だったんですけど、そのときの妖精っぽい女の子をイメージしていて。でも実際に会ってみたら、すごくパキッとした方だったんですよね。歌や声の印象で決め付けちゃいけないなって反省しました(笑)」
――真綾さんは「NO FEAR」をコンサートで弾き語りしているそうですね。
坂本 「はい。ある日、いきなり“ピアノを弾きたい”と思って、すぐに神保町に買いに行って。で、<NO FEAR>を弾いてみたんですよね。これを弾き語りできたらカッコいいだろうなって」
鈴木 「楽譜を見ないで、耳で音を取りながら練習したんでしょ? それであんなに完璧に弾けるなんて、信じられない」
坂本 「よく“なんであんなに転調の多い曲を選んだの?”って聞かれるんですけど、それは関係ないんですよね。楽譜から入ってないから。歌もそうなんですよ。デビュー曲(<約束はいらない>/96年)が3拍子だってことも、ずっと後になって気付いたし」
鈴木 「理論じゃないんだよね。動物的というか」
坂本 「でも、祥子さんの曲にもそういうところがあるんじゃないかなって思ってて。どうして祥子さんの曲が好きなのかなって考えてみたんですよ。トリッキーな転調や変拍子が結構あるんですけど、私の印象としては、それは“みんなが想像してないようなことをやってやろう”みたいな作為的なものではなくて、感情の渦だったり、何かの衝動によって思わず転調しちゃったっていうことじゃないかなって」
鈴木 「うん、そうそう」
坂本 「だから、ちゃんと流れがあるんですよね、曲のなかに。歌っていてもすごく自然だし、気負わなくて済むんですよ」
鈴木 「それはもう、最大のほめ言葉ですね。やっぱりね、必然がほしいんですよ。必然に導かれるというか、音楽っていうのは、内的な何かがあって初めて生まれるものだと思うので。肉体的な衝動みたいなものが必要なんだと思うんですけど、真綾さんもそうですよね。<NO FEAR>を歌うのをそばで聴いていても、圧倒される感じがあるんです。私の中の必然から生まれた曲を、すごく肉体的に表現してくれてるなって」
――真綾さんのベスト・アルバム(『everywhere』)にも収録されている「ユニバース」のときはどうだったんですか? これは祥子さんが作曲、作詞は真綾さんが手掛けてますよね。
鈴木 「『夕凪LOOP』に入ってる<a happy ending>も真綾さんが歌詞を書いてくださったんですけど、あれは老夫婦の歌だったんですよね。その感性がステキだなって思ってたんですけど、「ユニバース」でもすごく自然に大きなテーマが歌われていて、素直に感動しました」
坂本 「<ユニバース>は『30 minutes night flight』というアルバムに収録されているんですけど、“夜空”“夜間飛行”っていうテーマがあって、ある程度イメージが限定されていたんですよね。あのときも感じたんですけど、祥子さんの曲にはいつもどこかに憂いがあって……」
鈴木 「暗いですよねぇ」
坂本 「いえいえ(笑)。それは私が好きなところでもあるんですけど、ちょっとヨーロッパの匂いがするというか。“60億の孤独”っていう歌詞があるんですけど、孤独って、寂しい言葉だったり、マイナスの意味で使われることが多いじゃないですか。でも、抗えない事実だと思うんですよね、人はみな孤独っていうのは」
鈴木 「そうですよね」
坂本 「このメロディだったら、必要以上に暗くならず、偉そうでもなく、私が思っている孤独っていう言葉のイメージを表現できるんじゃないかって思ったんです」
鈴木 「そうだったんですね。いま思い出したんですけど、この曲の構成は、それこそ意図的に作ったところがあって。真綾さんの歌って、音域がすごく広くて、しかもどの音程もキレイなんです。普通は“この音域になるとくぐもっちゃう”とか“ファルセットになると掠れちゃう”っていうクセがあるんだけど、真綾さんにはそれがない。その特徴をフルに活かしたいって思ったんですよね」
――音楽的な相性が良いんでしょうね。プライベートではどうなんですか?
坂本 「今日、ぜひ聞いてみたいことがあったんですよ。もうすぐ30になるんですけど、まわりの人たちからは“30代は楽しいよ”って言われるんですよね。私も28くらいのときから“早く30歳になりたい”って思ってたんですけど、実際はどうなのかなって。祥子さんの<まだ30代の女>っていう曲にもビックリしたんですけどね。“まだ30代なんて言っちゃうんだ!”って」
鈴木 「40歳になったとき、(30代を)振り返った曲ですからね。30代はですねえ……言っていいですか? むちゃくちゃへヴィですよ〜」
坂本 「ええっ? 何ですか、へヴィって」
鈴木 「個人的には30、31、32くらいまでは20代の延長で、何も変わらなかったんです。でも、それからがきつかった。35、36、37くらいは這い上がるように生活してましたね。何て言うか、20代ってもともと持ってる素材を活かしていけるし、それをまわりの人も受け入れてくれると思うんです。でも30代になると、自分の壁を壊して、新しいメンタリティを作っていかないとダメなんですよね」
坂本 「なるほど」
鈴木 「でも、妙に恋愛が充実してたり、楽しいこともあるんですけどね。真綾さんはどうですか? 30歳になってやりたいこととかある?」
坂本 「新しいことというより、楽しみたいですね。20代後半はヘンにマジメに生きてきちゃったから、解放してあげたいなって。祥子さんは生まれつきロックというか、最終的には人の目を気にせず、自由に行動できる人だと思うんです。でも私って、根が優等生なんですよね。人の目も気になるし、自分なりのルールがあって、それを守らないと気がすまないところもあって」
鈴木 「真綾さんに対する印象で、一番に思い浮かぶのは“透明感”っていう言葉なんです。いまの話を聞いて思ったんですけど、それはもしかしたら、“根がまじめ”っていうところから来てるのかもなって。だから、それはなくしてはいけない部分かもしれないですよ」
取材・文/森 朋之(2010年3月)
撮影/高木あつ子