鏡で見ている自分の顔はいつもおんなじに見えます。だからたまにひょっこり昔の写真を見たときに、あれ、こんな顔してたっけ、と時間の経過を実感してびっくりすることになるのです。変わったな、変わってないな、若いな、今のほうが若いな、などなど。誰でも、自分自身にいろいろな感想を抱くことでしょう。それと似たような感覚で私もこの15年をなんだか不思議な距離感で見つめています。
15周年記念ベスト・アルバムを発売するにあたって、たくさんのインタビューを受ける機会がありました。そのたびに「どこが変わったか」「どこが変わってないか」という質問を何十回もされてきたのですが、結局自分ではあんまりよくわからなかった。だって私にとってこの15年は連続した時間の中の出来事で、デビューした日から今日まで毎日毎日、私はずっと私だったのだから。
16歳の本当にまだ何者でも何色でもなかった私が、ただひたすら自分自身を知りたいという想いで心の中の鏡をのぞき続けているうちに、気づけばこんなに時がたっていました。でも逆に言うと、その普通の毎日を重ねることこそが、今の私に繋がっていた唯一の道だったということになるのかもしれない。人間の顔も生き方や考え方によって刻々と変わっていくもの。とは言えもちろん別人には絶対にならないわけで、メイクの流行が変わったり歳をとってしわが増えたりしたとしても、永遠に変われないベースが存在する。それと同じように、一見なんの代わり映えもしない日々を淡々と生きてきたつもりでも、さまざまな出来事や出会いによって私は日々刻々と変わり続けてきたのでしょう。そしてやっぱり変わらないベースも、持ち続けてきたのでしょう。
ベスト・アルバム発売日で、1日限りのスペシャル・ライブの日で、30歳の誕生日でもあった2010年3月31日、武道館のステージで360度オーディエンスに囲まれ大好きな歌をいっぱいうたいながら、まるで昔の写真を見るときのような穏やかな客観的な気持ちで、そんなことをじんわり感じたのでした。
振り返ってみれば、16歳だった頃の私には想像もできなかったようなことが、人生にはたくさんたくさん起こったのでした。嬉しくて泣いてしまったこと、悲しくても涙が出なかったこと、感動的な出会い、唐突な別れ、いい恋、いい友、家族との関わり、美しい景色、情けない失敗、もうダメだと思ったこと、新しい発見に胸が震えたこと、もっとどうでもいいような小さな事件。それらすべてがひとつ残らず、砂の一粒一粒のように今の私の中にぎっしりと詰まっているんだなあ。
そう実感したあの日から、私の中に何かひとつ確信のスイッチがオンになったような気がしています。これから先も人生には思いがけないようなことが山ほど起こるだろう。良いことも苦しいこともあるだろう。そのたびに私は、やっぱりいちいち騒ぐんだろう。でも何が起きても、私には音楽と言葉がある。これまでどんなときも私を救ってくれたものが。抱えきれないような気持ちを音にすること、そしてそれを受け止めてくれる人がいたこと。それが私にとってどんなにかけがえのない、本当に大事なものかということを、再確認できたんです。
この前テレビで「音楽なんて真面目にやるもんじゃないよー」と、かっこいいベテランのミュージシャンが言ってました。そうだろうな、いいなあと思った。そう言えるくらいもっと肩の力抜けたらかっこいいんだけどなと。でも残念ながら私は最初から、バカみたいかもしれないくらいクソ真面目に音楽に関わってきてしまった。そういうスタイルは、おそらくこれからも変われないと思うのです。私にとっての音楽とは、言葉とは、私が唯一バカ正直になれる場所で、それがあったおかげで私は私でいられたんだと、思うからです。
「改めて今の心境や今後の抱負などを書いてください」とのオーダーで、もっと音楽的な話とか具体的な理想とか、そういうのを求められているのはわかっていたんですが、思いのほか力がこもってしまってなんだか決意表明みたいになってしまいました。でもきっとこういう感じなんだと思います。私の中では音楽と生きるということが、とても密接な関係にあるのだと思います。
CDジャーナルさんで連載企画をやっていただけて、とても嬉しかったです。よくお世話になるライターの森さんはなんというかとても面白い方で、いつも会ってお話するのが実は楽しみだったりするんですが、そんな森さんに今回のライブも観ていただけて素敵なレポートも書いていただけたのが、これまた嬉しかったです。祥子さんとの対談もまだまだ時間が足りないと思うくらい本当に話が尽きませんでしたが、楽しい貴重な機会をいただきました。この前の30問の質問コーナーでは、ライブなどでものすごく頭の中が忙しかったときに回答したせいか、今読むと我ながらなぜ一番好きな曲で真っ先にマイケル・ジャクソンをあげたのか不明です(笑)。『This is it』の影響でしょうか。なんなんでしょうか。
何はともあれ、これにて連載の最終回。
最後までおつきあいくださった皆さん、CDジャーナルの皆さん、ありがとうございました。そして、これからも、どうぞよろしくお願いします。
坂本真綾