第1回 ポニーのヒサミツと、ポール&リンダ・マッカートニー『ラム』を1位にして考える
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チャンチャカチャーン(古いタイプのファンファーレ)。『CDジャーナル』本誌で連載中の「未来のザ・ベストテン」が、Webにもおじゃますることになりました。「この名盤を1位に置いて、いま、そして未来に聴いてもらいたいザ・ベストテン(2位から下)を考えよう!」という企画。 まずは本誌掲載のアーカイヴをボリュームアップしながら公開していきます。もちろんWebでも同時進行でこの連載を走らせたいと思ってますので、こちらでもよろしくお願いいたします。 記念すべきweb版第1回は、2019年秋号(2019年9月20日発売)に登場したポニーのヒサミツ。4月22日にリリースされるサード・アルバム『Pのミューザック』の予告編的なリリースだったEP『羊飼いのパイ』を記念し、ポール&リンダ・マッカートニー71年の名作『ラム』をお題にしたトークです。
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ポニーのヒサミツ
――ポニーのヒサミツの最新リリースであるEP『羊飼いのパイ』はタイトルからしてそうですが『ラム』をすごく意識した作品だそうですね。
「『THE PEANUT VENDORS』(2018年)を出したあと、わりとすぐに次の作品の制作意欲が湧いて。いろいろと作りたいものはあったんですが、すぐ動くとなると自分が一人で演奏をやるのが早いし、それなら自分にとって藤子・F・不二雄さん、細野晴臣さんと並ぶルーツ三本柱であるポールの一人多重録音的なサウンドをテーマにやってみようと思って、当然その中には『ラム』への意識もありました」
――『ラム』は個人的にはどういう位置付けの作品ですか?
「初めて聴いたのは意外と遅く20歳ごろで、ほかのポールのソロやビートルズをいろいろ聴いてからだったんです。最初は不思議なアルバムだなと感じました。『ラム』ってポールにしてはめずらしく感情的なアルバムだと思ってて。この頃のポールはファーストの『マッカートニー』(70年)が酷評されたり、ビートルズ関連の訴訟があったり、いろいろな問題を抱えていて、だから、素で怒ってるというか、めずらしく感情をむき出しにしている。でも、そういう何かしら負の感情を抱いてる時のポールって、本人がノリノリの時よりいい作品を作っていますよね。たとえば『ケイオス・アンド・クリエイション・イン・ザ・バックヤード』(2005年)は、プロデューサーのナイジェル・ゴッドリッチにプライドをボキボキに折られながら作った作品ですけど、結果的にすごく完成度が高い。今回『ラム』に関連した作品って何かを考えた時、まずポールのこのアルバムのことを思い出しました」
――なるほど。『ラム』は感情的なアルバム。
「聴けば聴くほどポップなアルバムではあるんですけどね。そういう意味で、作品の成り立ちとして僕が『ラム』っぽく感じるのはジョージ・ハリスン『オール・シングス・マスト・パス』(70年)。このアルバムにはビートルズ時代にためたジョージの鬱憤とかが詰まってると思う。負の状況でできたアルバムということで考えると、ビーチ・ボーイズの『サーフズ・アップ』(72年)も挙げたい。『サンフラワー』(71年)が売れなかったことを経ての作品ですし、そういう状況もあってか鬱屈とした感じはあるんだけど、その中できれいな曲をブライアン・ウィルソンが書いていたりして」
――なるほど。
「あと、僕が好きな細野さんの中では、サウンドは全然似てないけど、複雑な感情が入り混じったものということでは、『フィルハーモニー』(82年)は共通点を感じます。YMO内での人間関係がこじれていた時期でもあって、結果的にちょっと異質で不気味な作品になっている。細野さんがその頃坂本龍一さんのことを意識していたかもしれないように、『ラム』もジョン・レノンをめちゃめちゃ意識していたであろう作品なので」
――ポール的なシンガー・ソングライターって昔から結構いますよね。エミット・ローズやギルバート・オサリヴァンがよく名前があがります。
「そのへんも最近よく聴いています。でも、声やメロディ感覚を“ポールっぽい”とたとえたりしますけど、じつは『ラム』的なことをやっていてもあまり“ポールっぽい”とは言われないんじゃないかなと思っていて。『ラム』ってやはりポールの中でも異質な作品ですし。かと言って〈ハート・オブ・ザ・カントリー〉を聴いてから王道のカントリーを聴いても、やっぱりちょっと違うし。そういう意味で、サウンドの質感でじつは近いんじゃないかなと思うのは、初期のライ・クーダーですね。たとえば『ラム』の〈モンクベリー・ムーンディライト〉とライの〈ワン・ミートボール〉に共通する歪さ、不思議さとか、親和性があると思っています」
――それは鋭い! ライ・クーダーの『ライ・クーダー・ファースト』(70年)はヴァン・ダイク・パークスのプロデュースでストリングスが入ってるし、変な音響だし、たんなるルーツ・ミュージックじゃないですね。
「僕自身の作品では、これまではそういう不自然さはあまり取り入れてこなかったんですけど、『羊飼いのパイ』では岡田拓郎くんに、自分とは違う発想のものができるかなと思ってミックスとマスタリングをお願いしました。岡田くんがやっていた森は生きているの『グッド・ナイト』(2014年)も、岡田くんの当時のさまざまな感情がすごく出たアルバムだと思っていて。サウンドも不穏な感じが前に出てるけど、聴けば聴くほどきちんとポップさもある、という構造も『ラム』と通じるところがある。本人たちは多分そんなことを意識してないと思うけど(笑)」
――なるほど。ルーツ志向が変容してできた不思議なポップスの、『ラム』感。
「あと、元・森は生きているの谷口(雄)くんと今回のお題を話してて出てきたのが、アンディ・シャウフ『パーティー』(2016年)。あのアルバムも、質感的に〈アンクル・アルバート〉的なものを感じます。本人が〈アンクル・アルバート〉を聴いたとき自分の歌かと思った、という話もあるようですし」
――音楽以外に『ラム』的な作品はあります?
「僕は『ドラえもん』が大好きなんですけど、内容というより、完全に絵のイメージで思い浮かべたのが〈無人島へ家出〉ってエピソードでした。『ラム』の頃のポールも家出ではないですけど厭世的になって田舎に行っているし、容姿も髭ぼうぼうでしたよね。この話でも無人島に家出したまま帰ってこれなくなり大人になったのび太が髭ぼうぼうになるので(笑)」
――『ドラえもん』ってポールっぽさを感じますね。線の滑らかさもそうだし、ネガティヴな感情を描いていても結果的にポップに収まるところも。あと、ドラえもんのポケットから出てくる道具の万能なようでなんだかうまくいかないことが多いのも、失礼ながらポール的かなと(笑)
「たしかに(笑)。ポールも本当はなんでもポケットから出せるような人なんですけど、使い方を間違えちゃってるところも結構ありますね、そこも含めて好きなんですけど。あと、F先生の作品で『ラム』的と感じるのは『モジャ公』。絵はかわいいのに話は過激かつ不気味だし、F先生の作品としてはかなり異質で。『パーマン』以降あまりヒットが出てない時期でしたし、そういう反動から自分がやりたいことを詰め込んで描いたのかなあと思えるところもあるし」
――『ラム』って、ジョンがけなしたというエピソードのせいもあって“ほんわかロック・アルバム”だと思われがちでしたけど、じつは異質さ、不穏さで成り立っている。この指摘はすごく現代的だし、重要だと思います。
「あの頃にしかできない不完全さみたいなところが残されたからこそ、ポールの中でも異質だし、唯一無二の傑作にもなっていると思います」
――では、未来のベストテンを作っていきましょうか。もちろん1位は『ラム』で。
「2位はやっぱり『ケイオス〜』。そしたらジョージが3位なのが自然な気もしますが、音的に親和性が高いのは、じつはライ・クーダーかもって思うから、ライを3位にしときましょう! ジョージが4位、5位は……『モジャ公』」
――おお、抜擢。
「6位はビーチ・ボーイズ、7位は細野さん、8位は森は生きている、9位はアンディ・シャウフ、10位は僕のEPにします」
――いいですね。『ドラえもん』は補欠にしておきますけど、どれか一話なら「無人島へ家出」で(笑)。あと2つ次点を選んでいただけますか?
「はい(ランキング参照)。今、『ラム』路線を推し進めたアルバム(『Pのミューザック』)を作ろうとしているので、もっとランキングの上にいけるように頑張ります!」
取材・文/松永良平
題字/谷口菜津子