第4回 井手健介とT. レックス『電気の武者』を1位にして考える未来のザ・ベストテン
『CDジャーナル』本誌で連載中の『未来のザ・ベストテン』。「この名盤を1位に置いて、いま、そして未来に聴いてもらいたいザ・ベストテン(2位から下)を考えよう!」というこの企画。ひさしぶりに公開されるWeb版第4回は本誌2022年夏号に掲載された、井手健介がT. レックス『電気の武者』を1位にして考えたザ・ベストテンです!
井手健介
――やはり1位は、これですか。
「最初はサイケデリックで翳りのある音楽が好きだったんです。その流れでティラノザウルス・レックスを知り、その延長線上にT. レックスのかっこいい音楽があったという事実が面白かった。自分が好きだった音楽の意外とすぐ隣にグラム・ロックがあった。この発見はデカかったですね」
――当時、アルバムからヒットしたのは「ゲット・イット・オン」でした。
「全曲好きです。T.レックスのアルバムは全部いいんですけど、とりあえずこれが完璧盤ということで選びました。出会いは18歳くらいで、『リトル・ダンサー』(2000年)という映画を観たときです。主人公が兄貴の部屋に忍びこんでレコード・プレイヤーに針を落とすと、いきなり〈コズミック・ダンサー〉が流れる。“え、何この曲?”となりました」
――最初はグラム・ロックという意識ではなかったんですね。どのへんに惹かれました?
「マーク・ボランってすごく不思議な声をしてますよね。演奏は軽快で派手な感じがしても、あの声だけはちょっと異質で醒めている。あの不釣り合いな感じが、グラムのペラペラした魅力につながっているのかなと」
――楳図かずおの描くへび少女みたいに美的で怪奇な感じもある声だし、デビュー時の郷ひろみのユニセクシャルな色気にも通じますよね。
「あーたしかに。結局、僕がなぜグラム・ロックが好きかというと、男が化粧して着飾ってもいいし、自分を火星人だと言ってロックをやってもいい。“こういうやつがいてもいい”というのを提示していることにグッとくるんです。その中でも、マーク・ボランにはどんなに明るく歌ってても不吉で妖しい感じがするし、もう何度も聴いているのにまだ掴めない謎があるような気がする。そういう絶妙かつ完璧なバランスでこのかたちになっているから、たやすく真似してもコスプレになってしまうんです」
――2位はルー・リード『トランスフォーマー』(72年)。
「ルー・リードの作るメロディと歌詞が好きなんです。このアルバムではルーの楽曲とボウイとミック・ロンソンの作るサウンドやアレンジとの相性が良すぎる。その結果、ボウイのどのアルバムよりもこれが好きになりました。ルーの歌のあやうさがギラギラのグラム・サウンドに乗っかって最高なものになっていると思います」
――3位は、今の文脈だと『トランスフォーマー』に敗れたことになるボウイの『ジギー・スターダスト』(72年)。
「とはいえ、やっぱりこれも大傑作ですよね。この人がいなかったらグラムという文化が成立してないと思う。全コンセプト・アルバムの中でもいちばんすごいかも」
――グラム・ロックって大型化、複雑化するロック音楽へのカウンターとして、バカっぽくて軽薄なかっこよさに殉じていくみたいな美学がありますよね。そういう意味でも『ジギー・スターダスト』のシリアスさはグラム文化の死の象徴でもあるとも感じます。マーク・ボランが生の象徴なら、まさにジギーは死を伝えるために現れたダーク・ヒーロー。
「まさに。“そのとき自分がなりたい人になる”を一貫した演劇的な音楽人生も含めてグラム・ロックの象徴的な人と言いたくなる。グラム期ではないアルバムでも『ヤング・アメリカンズ』(75年)や『ヒーローズ』(78年)は、とてもグラム的だと思います」
――さて4位は?
「ロキシー・ミュージックのファーストです。最初に聴いたときは正直“ブライアン・フェリーって歌が下手……!?”って思いましたけど、今聴くとあのヴォーカルには、ボブ・ディランをダンディにして、さらにふざけさせたようなキッチュさがある。ジャケットもかっこいいし、ブライアン・イーノのシンセもフリーキーですごい。デビュー・シングルの〈ヴァージニア・プレイン〉も大好きです」
――ファーストって、見開きジャケ内側の5人のルックスも全員宇宙人みたいな衣装ですよね。ギャグになるギリギリまで突っ込んでる。
「演奏もうまさというよりノンミュージシャン的。崩壊一歩手前くらいまで音がせめぎ合っててヒリヒリしている。あの高度な感じのバカっぽさは大人になってわかるのかも。エクスネ・ケディのアルバムを作るとき、プロデューサーの石原(洋)さんにテーマのひとつとして“野卑”という言葉を言われたんです。“それって音楽でいうと何ですか?”って聞いたとき、ロキシーの初期ライヴ映像を見せてもらって、これがそうなのかと実感しました」
――4位までは大名盤が並びました。
「5位は、コックニー・レベル『さかしま』(74年)。この邦題が最高です。こんな言葉、日常で使わないですよね」
――“さかさま”の類語ですよね。同名のフランス小説がデカダンス文学の聖典と言われてます。まさにロック邦題に宿る東芝EMIイズム!
「まさに“デカダンスとはこれのことか”みたいなアルバムなんです。ジョブライアスとこれを聴いて、グラムの耽美を学びました。このバンドはギターレスで、キーボードとヴァイオリンがメロディ楽器なんです。グラム・ロックの仰々しさ、三文芝居の美学みたいなものを味わいたければ、これかな」
――駆け足で6位以降を。
「スパークス『キモノ・マイ・ハウス』(74年)は“全部説明しちゃう音楽”みたいな感じがしてあまり好きじゃなかったんですけど、最近急にいいなと思えてきました。曲の中で爆発する瞬間を僕が楽しめるようになった。7位は一般的にはグラムではないと思うんですが、アネット・ピーコックの『アイム・ザ・ワン』(72年)。ジャズ・シンガーとも言われますが、このアルバムはサイケデリックで人工的でギラついている。声を電子変調していたりするところにもグラムを感じます。8位はルベッツ〈シュガー・ベイビー・ラヴ〉(74年)。再生すると一気にその世界に入れる曲で大好きです。9位、10位は最近の音楽で自分がグラム的なものを感じていた作品を、と考えて、フレーミング・リップスの2006年作品とセイント・ヴィンセントが2021年に発表した最新作にしました。前者はヴォーカルの頼りなさとサウンドのカラフルさ、ライヴの楽しさ。後者はボウイの『ヤング・アメリカンズ』的なプラスチック・ソウルをやりたかったんだなと感じてドキドキしました」
――この10枚をたどってみて、井手くんの中でも発見ありました?
「僕にとって、グラム・ロックとはデカダンスとユーモアの真ん中がどこにあるか、その追求なんだと感じましたね」
取材・文/松永良平
今回の未来のザ・ベストテン |
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1位 | | 電気の武者 T. レックス |
2位 | | トランスフォーマー ルー・リード |
3位 | | ジギー・スターダスト デヴィッド・ボウイ |
4位 | | ロキシー・ミュージック ロキシー・ミュージック |
5位 | | さかしま コックニー・レベル |
6位 | | キモノ・マイ・ハウス スパークス |
7位 | | アイム・ザ・ワン アネット・ピーコック |
8位 | | シュガー・ベイビー・ラヴ ルベッツ |
9位 | | アット・ウォー・ウィズ・ザ・ミスティックス(神秘主義者との交戦) フレーミング・リップス |
10位 | | DADDY'S HOME セイント・ヴィンセント |
次点 | | エクスネ・ケディと騒がしい幽霊からのコンタクト 井手健介と母船 |
次点 | | ロックン・ロール・パート2 ゲイリー・グリッター |
次点 | | サディスティック・ミカ・バンド サディスティック・ミカ・バンド |