大石 始 presents THE NEW GUIDE TO JAPANESE TRADITIONAL MUSIC
第3回:マレウレウMarewrew festival at Asahi art square
アイヌの伝統歌、ウポポを歌い継ぐ女性ヴォーカル・グループ、マレウレウ。Rekpo、Mayun kiki、Hisae、Rim Rimという4人から構成される彼女たちの1stフル・アルバム『もっといて、ひっそりね。』は、ウポポの伝統を継承しながら、現代にも通じるその楽しさと魅力を凝縮した力作だ。4人の歌声が微妙に重なり合い、微妙にズレていく際に生まれる天然トランス感、彼女たちと常に活動を共にしてきたOKIが奏でるトンコリ(アイヌの伝統弦楽器)の音色が持つディープな味わいは本作ならでは。伝統音楽が持つ堅苦しいイメージを払拭した内容は、まさに“未来のルーツ・ミュージック”といったところだろう。昨年はSPECIAL OTHERSのコラボ・アルバム『SPECIAL OTHERS』に参加して支持層を広げたほか、このインタビューの数週間後には初のヨーロッパ・ツアーを行なうなど勢力的な活動を展開中の4人に話を訊いた。 ライヴ写真:森 孝介/もり こうすけ(以下同)
アイヌの文化に対する興味だとか受け入れていく雰囲気みたいなものは、
今の方が(昔よりも)あると思いますよ
『NO ONE'S LAND』
Rekpo 「そうですね。最初のマレウレウはOKIの横でちょこっと歌うぐらいのグループだったんです。『NO ONE'S LAND』が出たのは2002年だから、ちょうど10年前ですね。私はその頃からいるんですけど、その後メンバーが変わって、2007年に今のメンバーになりました」
注1:OKI/OKI DUB AINU BANDのリーダーとして活動する一方、最近では沖縄民謡の名唄者、大城美佐子とのコラボレーション・アルバム『北と南』を完成させるなど、多方面で活躍するトンコリ奏者/プロデューサー/ヴォーカリスト。
注2:『NO ONE'S LAND』/ウポポの第一人者、安東ウメ子のプロデュースを手掛けていた時期にOKIが発表したソロ作。マレウレウ結成のきっかけになった「カネレンレン」は、ファンキーなビート&ギター・カッティングの上にウポポがふわりと乗った不思議な肌触りの一曲。
――みなさん旭川の出身なんですか。
Rim Rim 「私だけ阿寒湖出身で、あとの3人は親戚なんですよ」
――なるほど。Rim Rimさんは子供の頃からアイヌの文化に触れていたんですか。
Rim Rim 「阿寒湖にいる頃からアイヌの文化に触れる機会はあったし、私自身も踊りをやってたんですけど、その後出てきた札幌だとなかなか機会がなくて。自然とアイヌのことをやりたくなってきて、“マレウレウに入れてください”って頼んだんです」
――他の皆さんも子供の頃からアイヌ文化に触れてた?
Rekpo 「私は物心ついたときから周りに歌と踊りがある環境で育ったんです。子供の頃から見よう見まねで踊りの輪に入ってましたから」
Mayun kiki 「私は彼女(Rekpo)の妹なんですけど、物心ついた頃にそういう環境はなくなりつつありましたね。東京に行っていた姉が北海道に帰ってきて、突然“アイヌのことをやる!”と言い出して……」
Rekpo 「ふふふ」
Mayun kiki 「それで影響を受けてしまった感じですね」
――Rekpoさんが子供の頃にはあった歌と踊りの環境がMayunさんの頃にはなくなってしまったのはどうしてなんですか。時代の変化ということ?
Mayun kiki 「いや……ちょっと両親が離婚しまして。ウチは両親ともアイヌなんですけど、アイヌ文化に関しては母親の方が積極的で、私がついていった父親の方はそうでもなかったんです」
――アイヌの文化をどう受け継ぐか、家庭や親によって随分違うわけですね。
Rekpo 「それはすごくあると思う」
Mayun kiki 「両親がアイヌだとしても(踊りや歌を)やってない人はたくさんいますし」
――世代や時代によっても違う?
Rekpo 「それもありますね。アイヌの文化に対する興味だとか受け入れていく雰囲気みたいなものは、今の方が(昔よりも)あると思いますよ。昔は(アイヌであることを)隠さざるを得ない人もいたわけですし、中には“アイヌ文化には触れたくもない”っていうアイヌもいたでしょうから」
――Hisaeさんは?
Hisae 「私は東京出身なんですけど、いろんなことがあってアイヌ記念館に嫁に行くことになり……という感じですね。だから、アイヌの文化に触れたのは大人になってからなんですよ」
Rekpo 「4人とも背景が全然違うんですよ。でも、マレウレウは今のこの4人が一番しっくりくるんです。今回のアルバムも前回以上にみんなで意見を出し合って作ったんですね。前回はOKIのプロデュースのもと作った感じですけど、今回は私たちがイチからやることを決めていったんです」
Hisae 「前は少し“やらされてる感じ”があったと思うんですけどね」
――そういう意識の変化は、この4人でライヴを重ねてきたことによって生まれたものなんですか。 Mayun kiki 「そうだと思います。それまではOKIのバックコーラス隊だったのが、このメンバーになってからマレウレウ単体でもライヴをやるようになって、それから意識が変わりましたから。自分たちで曲を探して、“OKI抜きでもライヴをできるようになろう”って練習を重ねて、ようやくここまで来た感じですね」
――そうか、そもそもマレウレウは“曲を探してくる”ところから始まるんですよね。
Rekpo 「そうそう(笑)。不思議ですよね、私たちの場合、曲を“作る”んじゃなくて“探してくる”んですよ」
――通常、どうやって探してくるんですか?
Mayun kiki 「残っている昔の録音を探してくるんですよ。研究者の方が録音したものだったり、自分のおばあちゃんの歌を録音したものだったり。それを4人で聴いて、“これ、格好いいからやってみようよ”って歌う曲を決めていくんです。一般的に(CDなどで)発売されてるものから探してくる場合もありますし、研究所で保管されているものを聴かせていただくこともありますね」
Hisae 「かつては歌われていたけれど、今は記録の中にしか残っていない歌が無数にあるんですよ。それを4人で歌っていく中で、“このパート、歌う順番を変えてみようか?”なんて詰めていくんです」
“文化の継承”をメインに活動しているわけじゃなくて、
ただ単純にアイヌの歌が好きで、
それが残ってほしいと思ってやってるだけとも言えるんですよ
――アイヌの歌は歌う人によって結構違うものなんですか。
Rekpo 「そうなんですよ。節回しも変わってくるし、歌詞も若干違ったり。地域によっても違いますね」
Mayun kiki 「あと、歌詞にあまり意味がなくて、音の響きだけの曲もあるんですね。そういう曲の場合は人によって結構違います」
――ライヴでも動物の鳴き声を模した曲をやってましたもんね。
Mayun kiki 「そういう曲も多いんです。もともと意味があったのかもしれないけど、歌い継がれていく中でメロディと音だけになっていった曲もあるんですよ。アイヌの歌は文字として(歌詞を)残していたわけじゃないので、アイヌ語に訳しても意味が分からないものもあるんですね」
――ということは、オリジナルがどの段階のものかはっきりしないということですよね。100年前と200年前のものはすでに違うわけで、時代によって常に変わっていくものだと。
Rekpo 「そうなんですよ、どれが原型か分からない」
Hisae 「誰が歌いはじめたかも分からないし」
Mayun kiki 「それが受け継がれていく中でどんどん変わってきたんです」
――そうやって誰かが歌い継いでいかないと自然となくなってしまうものでもあるわけですよね。そういう意味では、みなさんの活動はすごく重要だと思うんですが。
Mayun kiki 「自分で言うのもなんだけど、本当に重要だと思うな。ただ、マレウレウは“文化の継承”をメインに活動しているわけじゃなくて、ただ単純にアイヌの歌が好きで、それが残ってほしいと思ってやってるだけとも言えるんですよ。いいものがたくさんあるのに、世に出ないのはもったいないと思ってて。私たちの活動って結構形式ばって語られがちなんですよね、“伝統を歌い継ぐマレウレウ”みたいな。でも、そこまで重い気持ちだけでやってるわけじゃないんです」
“マレウレウ祭り”Workshop
(MAREWREW MATSURI, Nov. 2011)
――そのへんの感覚って、“マレウレウ祭り”(注3)でウコウク(注4)を一緒にやってみると一発で分かりますよね。僕も一緒に歌ってみたら、“こんなに楽しいんだ!”って驚いちゃって。あの瞬間、アイヌ音楽の敷居がグッと低くなったんですよ。
注3:マレウレウ祭り/“めざせウポポ100万人大合唱”を謳うマレウレウ主催イベント。これまでにUA、SPECIAL OTHERS、キセル、オオルタイチ+ウタモなどが出演。次回は9月1日に開催を予定している(ゲストは細野晴臣、木津茂理)。
注4:ウコウク/ウポポ特有の輪唱。“マレウレウ祭り”では観客全員を巻き込んだウコウクのワークショップが行なわれる。
Hisae 「そうそう、そこなんですよ」
Mayun kiki 「一緒に体感してもらえれば、私たちがなんでウコウクを歌ってるか伝わると思うんですよ。いろんな声が重なり合った渦の中に自分が巻き込まれていくっていう経験をしてもらえれば、アイヌ音楽の楽しさを分かってもらえるんじゃないかって」
Hisae 「観たり聴いたりしているよりも、自分で歌うのが一番楽しいんですよ、アイヌ音楽って」
Mayun kiki 「最初、“じゃあ私たちがこう歌うからついてきてね”って歌い出したとき、大抵“こんなの歌えないよ!”って会場がざわめくじゃないですか。あれが楽しくて(笑)。でも、思いきって声を出してみると、案外歌えるものなんですよ」
――ウコウクは伝統をどうこうっていう感覚をすっ飛ばしてますよね。それこそロックのライヴのコール&レスポンスみたい。
Rekpo 「そうなんですよ。私たちのライヴを通してアイヌ文化に興味を持ってくれたら、それはそれで嬉しいことだしね。もちろん単に楽しい音楽っていうことで聴いてもらっても嬉しいし」
――ところで、みなさん普段はどんな音楽を聴いているんですか。
Mayun kiki 「みんな本当にバラッバラなんですよ。全然違う」
Rekpo 「私はレゲエも聴くしワールド・ミュージックも聴くし、沖縄民謡も好きだしアフリカ音楽も好きだし……本当にいろいろ」
Mayun kiki 「私はハウスとテクノ、それとノイズ系。マレウレウの音楽とはあまり結びつかないものが多いかもしれませんね。ワールド・ミュージックはほとんど聴かないし」
Hisae 「私はあまり激しくない音楽が好きです。民族音楽は好きですね、インドとかアジアのもの」
――なるほど、見事にバラバラですね(笑)。
Mayun kiki 「……あ、
プリンスも好きです」
Rekpo 「プリンスと“マレウレウ祭り”をやりたいんですよ(笑)」
紅白にずっと出たいと思ってて、
私たち、毎年スケジュールを開けてるんですけど……
『もっといて、ひっそりね。』
――いいですね(笑)。今回のアルバム『もっといて、ひっそりね。』の話をしたいんですが、ここに入ってる曲は日々練習を重ねてきたものが多いんですか?
Rekpo 「いやー、それがそんなことはなくて(笑)」
Mayun kiki 「今回は急にアルバムをレコーディングすることになったんで、レコーディングの直前に初めて歌ったものも多いんですよ。4人でなかなか集まれなかったこともあって、やりたい曲を事前にピックアップしておいたんですけど、実際にレコーディングする段階になったら録りたい曲もどんどん出てきちゃって。録ろうとしていた曲でもその場で編成を変えたりして、どんどん変えていったんです」
――“編成”というのは歌う順番ということですか?
Mayun kiki 「そうです。誰が頭を取ったほうがいいか、歌に合った順番を探りながらやっていくんです。4人で一斉に輪唱するんじゃなくて、2人で始めて、そこに重なっていくほうがおもしろくなる場合もあるから」
――今回の20曲は旭川の曲だけじゃないんですよね?
Mayun kiki 「旭川だけじゃないですね。樺太、白糠、むかわ、釧路、十勝……北海道全域かな」
――歌によって違うと思うんですが、どんな物語が歌われているんですか。
Hisae 「村が襲われそうになったとき、敵に知られないように村民に暗号で危険を伝えた……とか」
――それってどの曲ですか?
Rekpo 「<クジラの頭から>。今回、意味の取れるものに関してはすべて歌詞と訳をつけたんですよ」
――動物がモチーフになった歌が多いんですか?
Rekpo 「決してそういうわけじゃないんですけど、確かに今回はクジラやシャチの歌が多いですね」
Mayun kiki 「内容を知ると衝撃を受ける曲もあると思いますよ。<馬追いの歌>なんてしっとりとした曲調ですけど、内容は“俺は可愛いあの子に会いにいくんだぜ”みたいな男らしい曲なんですよ(笑)」
――へえ、おもしろいな。
Mayun kiki 「<humpe yan na>という曲には“mokkew ke pisoy ke(モッケウケピッソイケ)”という一節があるんですけど、これも<首肉とろう、腹肉とろう>っていう意味(笑)。要は“クジラが上がったから、みんなで肉を取りにいこう”という歌なんです」
――そんな内容とは思えない曲調ですけど(笑)。
Rekpo 「そうなんですよ。この“mokkew ke pisoy ke”というフレーズを歌ってみたら、どうも“もっといて、ひっそりね”と聴こえてきたので、じゃあ、それをアルバム・タイトルにしようと」
Mayun kiki 「いろんな意味に取れるタイトルでしょ?」
――説明されないと絶対分からないですね(笑)。
Mayun kiki 「アイヌ語のタイトルにするのはベタすぎてイヤだったんですよ。いろんな人に手に取ってほしかったので、このタイトルにしたんです」
『MAREWREW』
――ジャケットもポップだし、曲間にはレコーディング時の笑い声が入っていたりして、すごく楽しく聴けるんですよね。
Mayun kiki 「(笑い声は)あえて入れてみたんです。前のミニ・アルバム(2010年の
『MAREWREW』)はヒーリング・ミュージックみたいな感じというか、眠くなるような内容だったじゃないですか。でも、“今回は眠らせないぞ”と思って(笑)、合間合間に眠らせないような要素を入れたんです。ダンス・トラックとして聴けるようなものも入れたし、いろんなヴァリエーションをつけたかったんです。前回のアルバムで“マレウレウ=神秘的”みたいなイメージが付いちゃったかもしれないんですけど、実際の私たちはこんな感じですし(笑)」
Rekpo 「あまり伝統に寄りすぎてしまうと偏っちゃうと思いますしね」
Mayun kiki 「今回OKIさんが作ったバックトラックにも4人でいろいろ注文をつけて、作り直してもらったんです。今回は私たちが本当にやりたいことを形にできたと思ってます」
――トラックとのバランス、すごくいいですね。
Rekpo 「いいでしょ? もうね〜、本当に凄かったんですから(笑)」
Mayun kiki 「OKIと何度も大喧嘩しましたから(笑)。でもね、“絶対に負けない”と思って、“あのダサイ拍子木は抜いて!”とかお願いして(笑)。通して聴いてみて、やっぱりこれが最善だったと思いますね」
――で、これからヨーロッパ・ツアーが待ってるわけですね。チェコとオーストリアのフェスに出て、あとは今回イギリスで行なわれるWOMAD(注5)。
注5:WOMAD/82年から各国で開催されている世界最大規模のワールド・ミュージック・フェス。
Mayun kiki 「そうなんですよ。一週間で3ヵ国行くので、結構大変ですよね」
――本当に凄いことですよ。ヨーロッパでブレイクしちゃうんじゃないですか?
全員 「そうですよね!」
――これをきっかけに本当にプリンスと一緒にやることになったり……。
Rekpo 「レッチリ?(笑)」
――いやいや、何が起きるか分からないですよ!
Rekpo 「本当にそうですよね。
ビョークと一緒にやるかもしれないし(笑)」
Mayun kiki 「だってね、紅白にずっと出たいと思ってて、私たち、毎年スケジュールを開けてるんですけど……(以下、ワイワイと雑談が続く)」