ラジオのリスナーから反響の大きい楽曲「トイレの神様」。ここでは、この曲にスポットを当てて
植村花菜に話を訊いた。
――この曲を作るきっかけはどんなシチュエーションだったんですか?
植村花菜(以下、同) 「<トイレの神様>を作る前は、
(寺岡)呼人さんと雑談をしていて、私の子供時代の話になっていったんです。そこで、“祖母と二人暮らしで、トイレ掃除をしたら綺麗になれるんだって言われてて、毎日掃除してたんです。それで祖母の死に目にも会えたんです”って話をして。“その話、いい話だから歌にした方がいいよ”って呼人さんが言ってくれて、“じゃあ、トライしてみます”っていうのがきっかけだったんです。歌詞の長さは気にならなかったですね。長ければ長いほどいいんじゃないかと。でも、聴いてくれた方は、“長く感じないし、聴けば聴くほどすごいね”って言ってくれて」
――実際、この曲の、おばあちゃんとの関係性も分かる情景は感動的です。
「4年前くらいの出来事ですかね。この歌の通りで、たまたま仕事で大阪に行っていて、実家に帰って。おばあちゃんが入院しているって話を母から聞いて、入院してから1週間後に休みが取れたので病院に行って。普通に話をして、でもすぐに帰りなさいって言われたんです。次の日に、東京で仕事だったので“また来るね”って言って帰ったんですよ。そのときは元気そうだったんですけど、次の日の朝に“おばあちゃん、危篤やから”って姉に言われて。それで病院に行ったら、もう目の前で……。最後は、ゆっくり亡くなっていったので、周りの人からは“花菜ちゃんのこと待ってたんやで”とか言われて。いつも“花菜は東京で頑張っているのか”っておばあちゃんも心配してくれていたらしいんですよね。本当に待っていてくれたんでしょうね。そこで会えなかったら後悔してたかもしれません」
――ラジオのリスナーからのコメントがたくさん寄せられたようですが、読んでみてどう感じました?
「皆、“すごいよかったです”という短いコメントだけでなく、それぞれの思い出と共に長いコメントをいただけたり、それが嬉しいですね。皆さんは私とは違う人生ではあるんですけど、最後に思うことは一緒というか。車を運転している方が、感動して運転できなくなって、路肩に止めて聴いていたという人とかいましたね。あと“明日、おばあちゃんに会いに行きます”というコメントも嬉しかったですね。私自身も、おばあちゃんが亡くなったときは会えたけど、それよりも前にもっと会っておけばよかったとか、もっと話しておけばよかったと思いましたから。そういうコメントも多かったですね」
――いいものは、やっぱりダイレクトに響くんですね。
「今の世の中の雰囲気を考えると、お金ないからCDも買ってもらえないのかなって思ってしまったこともありましたけど、でも、<トイレの神様>を書いて、皆の反応を見ていると、いいものは、やっぱりいいんだなって実感しましたね。コメントを見て嬉しかったのが、“この曲を聴いて、こんなに感動した人がたくさんいたことに感動した”っていうコメントがあったんです。だから“世の中、まだまだ捨てたものではないなと思った”っていう。人と人との触れ合いが希薄になっている今の時代で、だけどこういう<トイレの神様>っていう曲が流れると、ちゃんと反応してくれるっていう。だから、いいものはちゃんと届くんだなって思いました」
取材・文/清水 隆(2010年2月)
【特別寄稿】
総合プロデューサー寺岡呼人が語る『わたしのかけらたち』
文/寺岡呼人
植村花葉というアーティスト名は聞いたことがあった。
しかし、最近のJ-POPに疎い僕は音は聴いたことがなかった。そして今回の話が初めて過去の音を聴かせてもらった。
実はその前に彼女とは彼女のライヴのバンマスである林君から紹介してもらって、そのプロデュースの話が来る前に何度か会って話をしたことがあった。
その時の、彼女のムード、表情、人生経験は凄く面白くてユニークだった。しかし、過去の音源を聴いたときにサウンドはもう文句のつけようのない素晴らしいものだったのだが、“素の植村花菜”がちょっと隠れてる、もっというと可愛い子ぶって、優等生になってる感じがした。
今現在の僕のブームが“サウンドに興味なし”そして“歌詞こそ最高のアレンジ”というのも相まって(笑)、とにかく今回は“歌詞”に全勢力を注いだといっても過言ではない。
そんな“素”の彼女の話から、<猪名川><トイレの神様>などのワードが出てきて、「面白いからこれを拡げて曲を書いてみたら」と提案した。
しかし、何日経っても曲があがってこない。
今までにないやり方に戸惑ってるのと、おそらく“優等生・植村花菜”の殻を破れないんだろうと思い、歌詞を協力してもらう人を探し、山田ひろしさん、岩里祐穂さんにお願いすることになった。
岩里さんは曲先で詞をのせてくれたのでまだ大丈夫だったのだが、山田さんの“詞先”、つまり歌詞に曲をつけるという作業がこれまた彼女を戸惑わせたのだろう、一向に曲があがってこなかった。そして締め切りギリギリであがってきたのが「トイレの神様」だった。
それでも、最初は「こんな感じで大丈夫でしょうか?」という感じで自信なさ気だった。J-POPのルールに慣れた作り手からすると「こんなAメロBメロDメロしかない曲でいいんですか?」みたいな感覚があったのかもしれない。
しかし、僕は彼女の音の悪いMP3プレーヤーのファイル(笑)を聴いた瞬間にガッツポーズをした。「これ、これを待ってたんです」と。
山田さん、岩里さんの協力もあり、僕が想像していた以上に“人間・植村花菜”が出た曲、そしてアルバムになったと思う。きっとこのアルバム以降、彼女の曲作りは変わると思う。
最初に植村さんに会ったときに「アーティストは鶴の恩返しの鶴と同じで、自分の羽根をむしって曲をつくるものだと思う」みたいな話をした。
その最初の羽根の断片が「トイレの神様」を生み出したのだから、これから先の植村花菜の才能は一体どうなるのだろう。とても楽しみだ。
【寺岡呼人 Profile】 自身のアーティスト活動と並行して、プロデュース活動を行ない、ゆず、岡野宏典、矢野真紀、ミドリカワ書房らを手掛ける。また、自身がプロデュースしたアーティストやリスペクトするアーティストを招くライヴ・イベント<GOLDEN CIRCLE>を立ち上げる。また、ライヴ・イベント<呼人の部屋>も展開中。4月1日(月)に<呼人の部屋>の44回目が東京・下北沢440(ゲスト:夏木マリ、斉藤ノブ、平田崇 他)で開催されます。詳しくは、公式サイト(
https://www.faith-group.co.jp/YohitoTeraoka/)へ。