photo:斎藤涼介(ZiZi)
この連載では、毎回“ちょこっと音色話”というコラムで、作曲家とその作品に抱く私の“音の色”のイメージをご紹介して参っておりますが、今回は音楽と絵の関係について触れてみたいと思います。
祖母が日本画を描いていて、幼い頃から絵に触れて育ったせいか、私は絵を見るのが大好きです。自然のありのままの姿を描いた東山魁夷さんの日本画や、印象派で絶大な人気のあるモネやルノワール、シャガール、ドガ、ピサロ、レンブラント、ピカソ、少しマイナーなところではポール・デルヴォーなど……。最近では若い人にも人気の高いマーク・ロスコの、空間を最大限に活用した、一瞬にしてその世界に飲み込まれるような絵も大好きです。
日本は、日常の学校教育の中で絵に親しむ機会がなかなかありませんよね。以前、ひと月ほどブリュッセルでホームステイしていた時のこと。そのお家の小学2年生の女の子が、学校の宿題だといって、ポール・デルヴォーとセザンヌの絵をもってきて、模写したり感想文を書いたりしていました。こんなことを学校で教えるんだ! とびっくりしたものです。イギリスに留学中にもテートミュージアムや大英博物館の中で、幼稚園児が画板を持って、くもの子が散るようにそれぞれのお気に入りの絵の前で描く様子に、「ほぉ〜!!」と、軽いカルチャーショックを受けたのを覚えています。
私もそうでしたが、美術作品をどうやって見ていいかわからなくて戸惑う方も多いのではないでしょうか。でもクラシック音楽と同じで、画家の人生や創作の背景を知ると、それがきっかけで見方が変わって、作品をずっと身近に感じられることも多いと思います。頭でっかちになるのはよいことではないですが、少しだけ掘りさげて知ることによって、何かしら自分と重なる部分が見えてくるものです。人間同士でも、そういう共通性の部分で人を好きになったりしますよね。誕生日が同じだというだけでもちょっとどきっとしたり、食べ物の好みが似ていると距離感が縮まったり。美術も音楽も、何かそういうきっかけがないと、ただ強制的に見たり聴いたりさせられるのはつらいものです。
“音色”という言葉があるように、音楽と絵には共通点がいっぱいあると思います。かつては実際に、画家と音楽家には密接な交流がありました。印象派の画家たちは
ドビュッシーや
フォーレ、
ラヴェルらと非常に親密な間でしたし、
ショパンとドラクロワとか、
ストラヴィンスキーとピカソとか……。互いに刺激を与え、影響を受け合い、それぞれの創作が生まれていました。
ほかにも、ゴッホは「
ベートーヴェンが最愛の友だ」と名言を残していますし、唐招提寺の壁画で知られる東山魁夷さんは、「
モーツァルトがいなかったら自分は画家になっていなかっただろう」とおっしゃっていらしたほどです。あの有名な「緑響く」で知られる 白馬の連作も、作品を仕上げる時にはいつも最後にモーツァルトの交響曲をかけてから筆を置いていらしたのだとか。
昔訪れたニースにあるシャガール・ミュージアムで、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチさんが印象派の演奏会をしていたことがあります。シャガールのステンドグラスと絵の描かれたピアノのあるホールで。キラキラとした光の屈折の中、それはそれは美しい時間でした。その時、絵に囲まれながら音楽を聴くというのは、時代が伴えばとても贅沢な時間だと感じました。そしてその体験から、千葉の川村記念美術館で開かれたシャガール展でドビュッシーやフォーレなどフランスものの演奏をさせていただいたり、積極的に絵画との公演を行ないたいと思っています。
コンサート“いわさきちひろと吉田恭子の世界”
私がずっと続けている“いわさきちひろと吉田恭子の世界”も、そんな想いから始まった企画公演です。スクリーンに映し出されるちひろさんの優しく淡い色彩の子供たちを見ていただきながら、生の音楽を聴いて、温かい命の大切さを考えるコンサート。ちひろさんも、アトリエにはピアノがあって、創作に行き詰まった時にはよくピアノを弾いていたのだそうで。クラシック初心者にも懐かしい気持ちにすっと馴染んでいただけるコンサートです。
この連載のコラム“ちょこっと音色話”では、毎回ひとつの色をテーマにしてきていますが、前にも触れたように“色”と“音”はとても似ています。たとえばひと言で“青”といっても、“翡翠色、群青色、瑠璃色、空色、桔梗色、藍色……”さまざまな青があ るように、音楽でも“ド”には沢山のドがあるのです。とくにピアノのように鍵盤で区切られていないヴァイオリンでは、ドからレの間にも無限の音があり、それをどのように使い分けるかがとても重要です。私たちはポルタメントと呼びますが、そのポルタメントの絶妙な加減で生まれる無限の音が、人の声に近く聴く人の心に届くのです。ほかにも、ドミソという和音は、ミの音をピアノのミよりもほんの少しだけ低い音で出したほうがきれいなハーモニーになったり。生の演奏会で聴ける、ヴァイオリンの美しい“音色”の世界、みなさんもぜひ聴きにいらしてくださいね。
エルネスト・ショーソン(1855〜99)――1899年6月10日、フランス・セーヌ河川の畔リメという村。自転車を漕ぐショーソンは長女エチネットと、パリから着く夫人と子供たちを迎えに、近くの駅に向かっていた。エチネットがしばらく行って振り向くと、父親の姿が見えない。そこで引き返した彼女を待ち受けていたのは、柱の根元にこめかみを砕かれて倒れていた父の姿だった――
エルネスト・ショーソン、フランスが生んだ天才は、なんとも哀れなことに44歳という若さで、自転車事故でこの世を去った作曲家です。
経済的不自由のない環境で育ち、若くから絵画や音楽に親しみ、印象派で知られる画家ルノワールの紹介で知り合った女性と結婚。フランス国民楽派に入り、交響曲、オペラ、歌劇、室内楽など幅広い分野での作曲を手がけ、才能を開花させていました。
「詩曲」「愛と海の詩」「温室」「終わりなき歌」……美しい詩や小説を音で表現することにとりわけ優れており、彼の描く旋律は時には優しく、時には激しくたたみかけ、独特の甘さと情熱に満ちています。
ショーソンの代表作「詩曲」。男女の深い愛の憂愁を秘めたこの作品を演奏するたび〜珊瑚のような朱色〜の渦巻く世界へ誘ってくれます♪
→ 次回は紀尾井ホールでのリサイタルの様子をレポートします!
【吉田恭子 コンサート・スケジュール】●11月21日(土)14:00 神奈川・茅ヶ崎市民文化会館
〈親子で楽しむ朗読コンサート「人魚姫」〉
[共演]ピアノ:白石光隆/朗読:中井美穂
問:茅ヶ崎市文化振興財団[Tel]0467-85-1123
●12月12日(土)14:30/17:30 東京・オフィス設計ホール
〈吉田恭子の軌跡Vol.2 ロマンティック・ヴァイオリン〜モーツァルトとフランスの薫りに包まれて〉
[共演]ピアノ:白石光隆
問:オフィス設計
https://www.officesekkei.com[Tel]03-5545-1101
●12月13日(日)15:00 愛媛・市民会館川之江会館
〈いわさきちひろと吉田恭子の世界〉
[共演]ピアノ:白石光隆
問:文化図書課内「四国中央ふれあい大学」事務局
[Tel]0896-28-6043
2010年1月11日(月・祝)14:00 香川・アルファあなぶきホール(香川県県民ホール)
親子で楽しむ朗読コンサート「人魚姫」
[共演]ピアノ:白石光隆/朗読:中井美穂
問:アルファあなぶきホール
[Tel]087-823-5023
※その他の公演はこちら(
https://www.kyokoyoshida.com/schedule/)まで。
【吉田恭子 最新作】吉田恭子(vn)広上淳一指揮オーケストラ・アンサンブル金沢
『チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲&瞑想曲集』
(QACR-30005 税込2,800円/SHM-CD仕様)
[収録曲]
01. チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ長調op.35
02. グラズノフ:瞑想曲op.32
03. マスネ:タイスの瞑想曲
[録音]
2009年 石川県立音楽堂
■オフィシャル・サイト:
https://www.kyokoyoshida.com/